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コラム@N­CU - ­第5回 『神戸市看護短大で学んだこと』 古牧 徳生

今年は春の訪れと共に参上しました。最北の哲学者、古牧徳生です。平成元年に大学院を出て非常勤を始めました。翌年、故郷の私学が四年制大学を設置することになり、卒業生の私は文部省への設置認可申請書に専任教員予定者として載せてもらえました。そして無事に設置認可が下りましたので哲学専任講師として就任承諾書に実印を押しました。平成3年(1991)5月のことです。ところがその直後の6月末、文部省より教養軽視の悪名高い「大学設置基準の大綱化」が出されました。それで二年後の開学を前にしてカリキュラムの見直しが行われることになり、その結果、私は判も押してない紙切れ一枚で内定を取り消されてしまいました。平成4年 (1992) 3月のことです。責任者は「会計学なら欲しいし、今はどこの大学も経営学の先生を必死で探しているんだ」とうそぶいていました。ひどい話です。おかげで先が全く見えなくなってしまいました。非常勤に逆戻りです。

そんなわけで私は90年代前半、大阪の複数の私学で週に6コマくらい一般教養の英文読解の授業をしていました。でも私の専門科目ではないし、そもそも私に語学の才能などありませんから、教養科目とはいえ後ろめたさがありました。ですから1コマでもいいから専門の哲学関係の授業を持ちたいといつも思っていました。そのうちにO先輩が1年間ドイツに行くことになりました。それで彼が非常勤をしていた神戸市看護短大の哲学の授業を代わりにさせてもらうことになりました。平成6年(1994)のことです。ようやく自分の専門科目を担当する機会がきたのです。看護系でしたから「西洋思想における人間の死」という主題で授業をしました。卒業論文の時に用いたJacques Choronの “Death and Western Thought” のノートが役に立ちました。授業は水曜日の1、2コマ目でしたから、北白川の下宿を出るのは6時過ぎでしたが、ようやく授業をすることに充実感を覚えました。O先輩は寛大な人で帰国後も私にそのまま看護短大の職を譲ってくれました。おかげで以来10年間継続して専門科目の授業を持つことができました。本当に感謝しなければなりません。

看護短大の学生はもともと成績優秀なうえに、人の生死を看取る職業柄、真剣に物事を考える姿勢が求められます。ですから私のつまらない授業でも耳を傾けてくれました。そんな彼女たちのおかげで、それまで今一つ徹しきれなかった哲学への迷いはなくなり、哲学こそ自分の天分だと思うようになりました。授業を続けていくうちに看護短大ですから内容は次第に生命倫理の方向へと変化していきました。生命倫理の根底にある概念は「パーソン(人格)」ですが、その哲学的な基礎はカントにあります。時間だけはありましたから私は思いきってカントを読み始めました。辞書を左に、篠田英雄訳の岩波文庫を右に置き、ノートを取りながらPhB (ペーハーベー) 版の『純粋理性批判』を読んでいきました。カントの文章は長くて難解でしたが、数十ページも進むと圧倒的な論理の展開に引き込まれました。それはまさに哲学における地動説でした。終わりの方の「理性の究極目的」あたりになると自分がカントになったような気持ちでした。こうして700頁を超える原書を半年近くかけて読み終わると次に『実践理性批判』を読みました。そのあとは同じカントの『人倫の形而上学の基礎づけ』や『判断力批判』を読んだり、マックス・シェーラーの『倫理学における形式主義と実質的価値倫理学』を半分くらい読んだりしました。

読書と言うのは恐ろしいものです。いつしか私はカントに傾倒していました。私は決して観念的な人間ではないのですが、人間の認識能力が現象界に限定されていることを理解すると、逆にその彼方について強く考えるようになりました。それは小学校の時に上の兄から「宇宙には果てがある」と言われて「その向こうには何がある」と聞き返した体験と同じでした。これが中世の人間なら「理解するためには、まず信仰が必要」として修道院に入ったことでしょうが、今は科学の時代ですから生命と宇宙を超越した知識を科学的に教えてくれるものが求められましょう。ですから昭和の終わりから平成にかけて優秀な理系の若者がオウム真理教に入った気持ちは私にもよく分かります。彼らは人間の認識能力を超えた彼方に何があるのかを知りたかったのです。まさにカントが『純粋理性批判』の書き出しで述べているように、人間には、理解不可能と分かっていながらも、それについて何としても答えを見つけたいという抑えがたい知的欲望があるのです。思うに、そうした欲望に応えるべく、理性を総動員することこそ学問ではないでしょうか。会計学とか経営学にそれができますか。やはり哲学しかないでしょう。だから、およそ大学が知識を看板に掲げる限りは、まずはそうした究極的知識に対する、真に人間らしい欲望の歴史について教えるべきです。すると名寄市立大学に私のような人一倍好奇心が強い人間がいることは学生にとっても名寄市にとっても大変によいことだと言えましょう。

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